著者

cixhamin

文書のライセンス

定義

まず、自立を語るに当たって重要なことは。「定義」の確認です。「定義」の確認なしに、やみくもに進めても望む成果は得られません。自立には「精神的」「経済的」の2種類があります。私はそれぞれの「自立」を以下のように定義します。

  • ①自分の心のケアを自己完結できる(精神的自立)
  • ②自分の生活を自分の収入だけで完結できる(経済的自立

このような定義をした原理原則は以下の通りです。

  • 自分以外の他者に依存しない=Independence

理由

どうして自立を考えなければならないのでしょうか。理由は以下の通りです。

  • 自分自身が人生の主導権を持つ。
  • 自分を守る。

ですね。自立を考える理由は人に自分の人生の主導権を握らせないことにあります。他人に人生の主導権を握られてしまったら、それは奴隷と同じなのです。奴隷的な発想とは、「自分が不幸になるのも幸福になるのも全部御主人様次第」という名の他責思考と主体性の放棄です。他責思考で主体性を放棄してしまった人にどうしても尋ねたいことがあります。

  • 「そんな人生意味あると思いますか?」
  • 「それで生きている意味、感じられますか?」

少なくともこれを書いている私は、他人が自分の全人生を導くなんて我慢なりませんし、それでは生きている意味がないと思うのです。それなら苦痛を承知で自分で選び、自分で責任を持つことを選びます。そちらのほうがよほどマシなのです。私は主体性の喪失は生きる意味の喪失だと私は思います。主体性を放棄した人間は生きる意味を見失っているので、決して「困難に対しても前を向いて(=積極的な姿勢で)生きる」なんて生き方ができるわけがないのです。

すくなくともこのページを読んでいる人は「主体性を放棄した無責任な生き方=奴隷扱い」は絶対に嫌な人だと思います。だって奴隷扱いされれば、それよって自分の尊厳は著しく否定され、軽く扱われ、傷つけられるでしょう。それを喜んで受け入れる人間がいるとは思えません。

自由

だからこそ、奴隷扱いから自分の身を守る生き方が必要なのです。それは「自分で決断して、自分で責任を取る=自由な生き方」なのです。もちろん簡単なことではありません。正しい決断ができる知恵と決断を信じる勇気が必要でしょう。正しい決断ができないこともあるかもしれません。決断に勇気が持てないこともあるでしょう。でも怖れないでください。すごく小さなことでも構いません。「自分で決断して、自分で責任を取る」自由な生き方にチャレンジしてみてください。それらの積み重ね。時には間違った決断をしてしまうこともあるでしょう。それでもいいのです。少しの失敗ぐらいで命に関わることなんてまずありません。それに人間には生存本能があります。簡単には死ねないように設計されているのです。その経験はあなたの心を次第にですが自由にしていきます。自由であることの積み重ねがそのまま自立に至る道筋なのです。

まとめ

  • 自立する理由は自分が人生の主導権を握り、自分を守るため。
  • 自分が自分の人生を主導するためには「自分で決断、自分で責任」という自由な態度が必要。
  • つまり、自立には自由な態度が必要不可欠。
  • 自由な態度なしに前向きな生き方は不可能。