
「障害者の尊厳と自由」基本憲章
- 「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ書43:4)
- 「わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている」(ローマ人への手紙7:19)
⇒無価値な人間はいない。でも人間は無価値な言動をやめたくてもやめられない。
- 「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります」(ガラテア人への手紙6:7)
⇒人間は自由である。だからこそ自分の人生における決定には自分が責任を持つしか無い。
私は31歳のとき、統合失調症を発症し、障害者になりました。上記はこれは私が障害者として人生を過ごして思ったことであり、多数の障害者を見て思ったことを要約したものです。障害者はどうしても社会的に高い価値を付けられることが少ないです。場合によっては有害視されたり、迷惑な存在とみなされたりすることがあります。
だから私は言いたい。障害者であろうが健常者であろうが「無価値な人間は存在しない」ただし「無価値な言動をやめたくてもやめられない」それだけの話です。しかし、無価値な言動の結果、その責任は自分が取らねばならないのも現実です。
人間は自由意志を持っています。それは障害者だろうが健常者だろうがかわりません。自分で考え、自分で選び、自分でその責任を負うことによって主体的な生き方ができるようになるのではないかと思います。私は主体性を発揮できることが幸福であるための必要条件だと考えます。
私はこのサイトで「障害者の尊厳と自由」を伝えていきたい。そう思います。
障害者の社会参加について
私は今障害者枠で一般就労・フルタイムでITエンジニアとして勤務しています。当サイトは私が一般就労する中で考えたこと、気づいたことを記すものです。最終的には経済的・精神的な自立を目指します。読者対象は既に一般就労している障害当事者、一般就労していなくても一般就労を本気で目標としている障害当事者に限らせていただきます。ですので、一般就労を視野に入れていない障害当事者にとって当サイトの内容は相当厳しいと言わざるをえません。ですが、一般就労を視野に入れていない障害者を「駄目な人間」「役に立たない人間」として否定したり侮辱したりする意図はありません。無価値な人間はいないからです。それがたとえ日常生活すら他者の支援が必要な重度障害者であってもです。しかし障害者の一般就労定着は極めて難しいとされています。そして一般就労に必要な知識はなかなか現行の福祉の枠組みの中だけでは十分に獲得することはできません。福祉の枠組みの外側から知識を得ることが一般就労定着成功のためには極めて重要であると考えます。その知識の一部を当サイトで公表したいと思います。
障害者が一般就労定着に至る考え方とやり方

#1.前提認識編

#2.基礎編

#3.実践編

