著者
cixhamin
文書のライセンス

危機感=決して安住できる立場ではないという自覚
障害者といえば、障害年金もらえたりしますよね。言い換えれば働かなくてもお金を貰える。つまり社会に保護してもらえる。わーラッキーって思ったそこのあなた、その考え方は危険です。
まず健常者と比較して障害者は「稼げるチャンス、金額ともに圧倒的に少ない」という現実を忘れてはなりません。
- 「障害年金があればいいや」いや、政府の都合で打ち切られる危険性あります。
- 「最後は生活保護がある」いや、自由ないですよ。これも政府の都合で打ち切られる可能性もあります。
障害年金や生活保護は確かに弱者の立場になりがちな障害者の「生きる基盤」を支えてくれるものです。それ自体悪いことではありません。必要なものだと思います。でもそれは自分の主導権の範疇にはないことを忘れてはなりません。完全な政府都合で打ち切りがあり得ることを考えなければならないのです。そう考えると
- 障害者は決して安住できる立場ではない。
これを忘れてはなりません。
孤独感=障害というのは理解を得ることがとても難しいという理解
障害者は障害という特殊な状況、そしてその多くは「目に見えない」「原因不明」「完治法なし」であることのほうが圧倒的に多いのです。つまり他者からの理解が得られる可能性が、健常者の悩みとかの場合と比較して圧倒的に少なくなってしまうのです。それが専門の障害者支援員であっても同じです。言い換えればこれは、健常者以上に障害者は孤独を感じやすい。ということです。障害者という立場を自覚した以上は、この理解を持っておくことは必須です。つまり
- 自分を救ってくれる人はいない。
- 自分のことは自分でやるしかない。
ものと思ってください。障害者に必要なのは「孤独を受け入れる覚悟」です。こう言われると以下のような反論があるかもしれません。
- 同じ当事者同士で集まって、悩みや苦しみを共有できたらいいじゃないか?
言うことはごもっともです。実際に「自助グループ」「当事者会」「ペアカウンセリング」といった当事者同士で悩みや苦しみを共有できる場が提供されていることもないわけではありません。でもそういうグループが身近にないことも多いのです。理由も簡単で自助グループや当事者会はたいてい障害当事者がやっていますが、グループの統率を取り、秩序を守る負担って障害者にとってみればすごく大きくて、それに耐えられずグループを解散してしまうケースがよくあるのです。実際に私の地元北九州では少なくとも公開されている当事者会はありません。自助グループは依存症系のものぐらいです。こうなると当事者同士で悩みや苦しみを共有するというのもほぼ現実的ではありません。
危機感と孤独感があるから人は能動的になれる
危機感と孤独感といえば、すごくネガティブなものかもしれません。「人に愛されない」「自分は軽く扱われている」といった印象を持つものかと思います。でも悪いことばかりでもありません。実はこの危機感と孤独感がある状況というのは強みでもあることを忘れてはなりません。その強みとは「能動的にならざるを得ない」ということです。
どんなことにしろ「人から言われてやりました」では成果になかなか繋がらないのです。つまり受動的な姿勢で何かしらの成果を出すことはほぼ不可能です。成果を出したいと思うなら「能動的な姿勢」が必要不可欠です。そして危機感と孤独感は人を能動的にならざるをえないようにしてくれるのです。これはものすごいアドヴァンテージではないでしょうか?
もう一つ大切なこと:正しい方法(戦略)
危機感と孤独感をしっかり感じる環境にある。それは素晴らしいことです。しかし闇雲に動いても、当然成果にはつながりません。何が欠けているのでしょうか?それは「正しい方法を知らない」「正しい方法で行動指針を立てられていない」からです。いくら能動的になることができても、成果や正解に至る順序を踏まえていないなら当然正解にはたどり着けませんし、成果にも繋がらないのです。大切な事を言います。
- 正解や成果に到達できる道筋を自分で考えられるようになること。=戦略を立てられるようになること。
それがとても重要なのです。正直言って障害者の自立は9割は戦略だと思っています。残り1割は「自分に対する素直さ=自分の戦略を周りから何を言われようが信じて実行する勇気」かなって思うのです。そして障害者の自立といった「難しい問題」ほど戦略および戦略に基づいた決断が重要になってくると思うのです。
まとめ
- 障害者は決して安住できる立場ではない。政府の都合で殺される可能性もある。
- 障害者は孤独である。孤独を受け入れることが必要。自分のことは自分でやらねば前には進めない。
- 障害者の自立には戦略と戦略に基づいた決断が必要不可欠。
- (危機感+孤独感)×正しい方法(戦略)