著者
cixhamin
文書のライセンス

日本のはじまり〜神仏習合
日本のはじまりは、「日本神道」というOSでした。それの設計ドキュメントが「古事記」「日本書紀」ですね。その後奈良時代に入って仏教が入ってきます。日本は仏教と土着の日本神道を対立させることなく、習合する道を選びました。この習合というのを技術的表現で言えば、日本神道というOSに、日本神道というOSで動くようにカスタマイズされた仏教を組み込んだということです。つまり本家の仏教(インド発)がRubyならば、日本仏教はmRubyみたいなものと考えるとわかりやすいと思います。日本仏教は本家の仏教から仏教としての本質を失わないようにコードを削減して再コンパイルし、日本神道にリンクしたと理解するといいと思います。日本仏教は始めは南都六宗のみでした。

京ランタイム
時は平安時代。宮廷では、独自の文化が生まれました。それが京文化(京ランタイム)です。この京文化ですが、始めは宮廷内の貴族(堂上家)のみの慣習でした。言葉の使い方(修辞など)を始めとして、宮廷文学や宮廷での明文化されない行動規範、慣習などがそれです。技術的に言えば京文化(京ランタイム)は始めは社内ツールだったということです。時を同じくして仏教も平安仏教(天台宗/真言宗)が入ってきました。加持祈祷なども流行っていたようです。日本仏教は宗派としてモジュール的に追加できるようになりました。

武家ランタイム〜鎌倉時代〜戦国時代〜
時は鎌倉時代。日本史上初めて武家が政権を握りました。政治の中心も関東に移ります。それと同時に武家を統率する規範ができました。(武家ランタイムVer.1)一方仏教では「浄土宗」「浄土真宗」「日蓮宗」「禅宗」が誕生しています。さらに時はたって、室町時代になると、幕府は京都になり(武家ランタイムVer.2)、同じく武家政権が続きました。室町幕府の崩壊が始まるのが、応仁の乱。今でも京都人の間で「先の大戦」といえば応仁の乱のことだそうです。草木一本すら残さないぐらいのものすごい戦争だったそうです。ここで大きな出来事が起こります。堂上家限定だった京文化(京ランタイム)が京都都市に流出します。(宮殿などが戦で破壊された結果として、堂上家を始めとする貴族が宮殿から都市へ移動し、それらの文化をそこに求めていった)京ランタイムが社内ツールから、クローズドソースの公開ツールになった瞬間です。そして戦国時代。武家ランタイムVer.2(室町版)のフォークがあらゆる場所で起こります。各大名の裁量で独自の統治が始まり、隣国同士の争いも常態化します。(武家ランタイム開発競争)

キリスト教伝来〜禁教、江戸フレームワーク
戦国時代、キリスト教(カトリック)がフランシスコ・ザビエルによって伝来します。キリスト教伝来とともに欧米諸国の技術や物品も伝来しました。しかし、このキリスト教の目的が植民地化を目論んでいる可能性があると分かる(実際に当時クリスチャンだった日本人を拉致して外国に売り飛ばすといったことを豊臣秀吉が知った)ためにバテレン追放令がだされます。関ヶ原の戦いが終わったのと同時に戦国時代は終わり、各大名の独自統治は終了しました。(武家ランタイム開発競争の終了)徳川家康の元、各代表は統制され、江戸幕府になります。そこでいろいろな制度が整備されたのち、江戸幕府ははじまりました。それと同時に徹底的にキリスト教が禁止になりました。技術的に言えば、各大名が開発していた武家ランタイムは統合され、「江戸フレームワーク」という現代でも使用されている巨大なフレームワークが出来上がったのです。日本人はすべて江戸フレームワークで動作することを求められます。

明治維新〜現代
明治維新が始まり、キリスト教は解禁されます。キリスト教は原理的には日本文化には直接は習合できません。日本文化というシステムに仮想OSを動かす仕組みができ、そこでキリスト教は独立して動くようになりました。多くの日本人は日本文化に組み込まれて(Embedded)動作するのに対し、日本人でもクリスチャンは日本文化には組み込まれず、必要なときに接続され、そうでないときは切り離されるようなModule式となっているのです。キリスト教はWindowsにおける、Windows Subsystems for Linuxみたいなものだと思ってください。そして第二次大戦後、現代に至ります。現代になると京文化は京都出身の識者によって本で解説されるようになります。京ランタイムのオープンソース化です。それによって京文化は全国に内情も含めて知られるようになります。現代では関西圏は京ランタイム、東京では江戸フレームワークのローリングリリース(開発版)、地方では江戸フレームワークの固定バージョン版(安定版)を用いていると解釈すると、地域差なども見えて面白いと思います。
