著者

cixhamin

文書のライセンス

概要

このJapanese Technical Architectureは日本の文化的、宗教的な概念構造を説明するものです。主に技術にたとえて説明しようと思っています。日本文化の概略が理解できることが本文書の目的です。

原則として意識的な信仰は必要

人間が精神的・社会的に安定して生活するには原則として意識的な信仰が必要です。欧米諸国ではこれは当然のことです。欧米では伝統的にはキリスト教ですが、近年では日本仏教も信仰され、日本神道について研究や議論がされています。

しかし日本人は違います。日本人の6割は無宗教と言われます。(3割は日本仏教、残りはその他の信仰)これは恐ろしいことです。無宗教というのは言い換えれば「意識的信仰がない」ということです。欧米諸国では無宗教者は危険人物とみなされることが多いのです。その論理でいけば、日本人は危険人物の集合体ってことになってしまいます。しかし以外にも秩序は世界の水準から見て抜群に高いのです。驚くべきことです。どうしてこんなことが起きてしまうのでしょうか?私なりに考察してみました。それがJapanese Technical Architecture(日本の技術的モデルによる設計図=JTA)です。

JTA全体像

JTAの全体像は以下の通りとなります。この構造図はなぜ日本人は特定の信仰を持たないのに、精神的・社会的安定を保つことができるのかという疑問に答えるものです。

具体的な信仰をOSに例えると、欧米諸国の人や日本人でもクリスチャンの人とかはOS(宗教)に直接接続するけど、日本人の多くは「江戸フレームワーク(江戸時代から続く文化、関東文化といってもいい、日本文化の標準)」や「京ランタイム(平安時代から続く京文化をルーツとしている関西文化)」を介在して、OSに接続するからです。つまり江戸時代にできた慣習あるいは近畿圏の文化的慣習に従えば、それはOSに接続している(間接的信仰)と同じことを意味するのです。だから日本人は特定の信仰を持たなくても精神的・社会的に安定して存在できるのです。

人間的成長=Self Coding to Heart

自分自身の成長=心へのコーディングと解釈して、上記の図をプログラミング言語にたとえて見ましょう。私が考えるに以下の通りです。

  • 日本神道+日本仏教(神職者や僧侶など)=C/C++
  • キリスト教徒=Rust
  • 関西人=Go
  • 関西人以外の日本人(江戸時代譜代大名の統治)=Java/Scala/Kotlin(JVM系言語)
  • 関西人以外の日本人(江戸時代外様大名の統治)=C#/VB.NET/F#(.NET系言語)
  • A,B型事業所を利用している障害者=スクリプト言語(Python, Ruby, JavaScriptなど)

なのかな、って思っています。

この分類には特徴があります。

  • 直接実行可能(自立して動く, main()エントリーポイントを持つ)
    • OS(宗教)のNative APIを直接使わない文化(京ランタイム/江戸フレームワーク) => ガベージコレクション付きの言語
      • 関西人 => 言語機能が軽量でシンプルなGo
      • 譜代系 => 堅牢性重視のJava(JVM系言語)
      • 外様系 => 比較的新しい機能を頻繁に入れてくるC#(.NET系言語)
    • OS(宗教)のNative APIを直接使う宗教(日本神道+日本仏教/キリスト今日) => ガベージコレクションなしの言語。手動のメモリ管理
      • キリスト教 => メモリ管理が言語構造として実装されているRust(メモリ周りの問題はコンパイルで弾く)
      • 日本神道+日本仏教(神職者/僧侶向け) => メモリ管理は基本自前のC/C++, 熟練者向け。
  • 直接実行不可(インタプリタを必要とする=支援を必要とする)=> 障害者向け => スクリプト言語

ですかね。