著者
cixhamin
文書のライセンス

なぜ習慣化が必要なのか
私個人がそうなのですが、どうしても障害者の人は生活習慣が乱れやすい人が多い気がします。私個人の考察ですが、障害者の人は健常者の人に比べて「自己肯定感」が低いように思えます。「自分なんてダメだ」って思いがとても強く、自分を大切にする発想があまりありません。その結果として生活も自分を大切にしないような習慣になってしまう人も多いのではないでしょうか。まずは「心::精神的基盤の選択」で精神的基盤を盤石にした後に、自分の生活を立て直す習慣化に取り組んでもらえれば、と思います。せっかく精神的基盤ができて、「自分はそれでいい。大丈夫だ」って心から思えても、生活が壊れ、健康を害してしまってはせっかく自己肯定感を高めたのにその意味がありません。だからこそ「良い習慣」を身に着け「悪い習慣」をやめることが必要です。そうすることで生活を整え、健康度を高めることができます。
習慣化に必要なことはがんばらないこと
私は以下のサイトをみて、衝撃を受けました。
なんと!習慣化に必要なことは「がんばらない」だそうです。私自身統合失調症患者ですが、未だに服薬の習慣が身につきませんし、食生活も最悪でどうしても偏ったもの(ジャンクフードとか)を食べすぎてしまいます。そういえば、服薬も「薬飲まねばならない」って頑張ってたし、過食も「食べてはならない」って頑張っていたような気がします。でも時間が経てば習慣はいとも簡単に壊れていきました。服薬しないことも多くなり、過食もひどくなりました。まさしく惰性の赴くままです。
「がんばる」とはどういうことか
では逆に「がんばる」とはどういうことでしょうか?それは
- アクションを実行するのにしんどい思いをした。
- アクションは達成できた。
というのが「がんばる」です。「がんばる」というのは「しんどい思い」がつきものです。しんどい思いをするような行動を繰り返してもその行動は習慣にはならないのです。苦痛に耐えかねて投げ出すのがオチです。人間は快楽は何度でもやりたいと習慣化しやすいですね。逆に苦痛だけで快楽が得られないならその行動は繰り返したいとは絶対に思わないのです。だからこそ、「苦痛がない」=「しんどくない」が習慣化にとってはとても大切なのです。
ほんのわずかだけ、惰性に逆らう
良い習慣が身につかないのも、悪い習慣がやめられないのも、それらを「惰性」で続けているからなんですよね。その「惰性」に「ほんのわずか」だけ逆らうことが必要じゃないのかな、って思ったりします。例えば
- 薬飲むのがめんどくさい。大事に至らないからいいや→薬の場所に移動だけでもしてみよう。
- 食欲をコントロールできない。太っても別にいいや→一品だけ、食べ物を健康的なものに変えてみよう。
- 部屋が散らかっている。片付けるのが面倒→身の回りのゴミぐらいは捨ててみよう。
でも大事なことは「ほんのわずかだけ、惰性に逆らう」ことです。実際には「惰性に逆らう」というのは「しんどい」のは否定しません。でもその「しんどさ」もアクションを起こす一瞬だけです。そこを乗り越えれば案外しんどくありません。そこを乗り越えても「しんどい」のならそれは「頑張っている」のです。そこは負荷調整が必要ですね。
成果を求めない
「ほんのわずか、惰性に逆らう」それを続ける上で大事なことは「成果をもとめない」ことです。例えば
- 服薬→精神と生活が安定する。
- 過食→痩せる
- 片付け→爽快感
上記はすべて「成果」です。「成果」を求めた瞬間「がんばってしまう」からです。そして成果をもとめないということは「失敗してもいい」ということです。失敗から学べばいいだけの話です。
まとめ
- 習慣化に必要な考え方は「がんばらない」こと。「成果を求めない」こと。
- 習慣を変えるには「惰性にわすかに逆らう」ことは必要。
- 失敗してもいい。失敗から学ぶことが大事。